「良いベンダーが見つからない」のではなく、選べる状態になっていなかった
EC導入の相談を受ける中で、事業者の方からよく聞くのが「どのベンダーが良いのか分からない」「比較しても違いが見えない」という声です。
ただ、実際に中に入って状況を見ると、問題の本質はベンダー選定そのものではないことが少なくありません。多くの場合、選定前に整理すべき論点が曖昧なまま比較検討に入ってしまい、社内の認識差や要求のズレが後から噴き出しています。
今回は、まさにその状態に陥っていた企業が、導入の前段を整理し直すことで、無理のない方針に立て直した事例を紹介します。
相談時の状況:各部署の要望は多いが、判断基準がなかった
相談いただいた企業では、EC強化の必要性は全社で認識されていました。売上拡大だけでなく、業務効率化、顧客接点の強化、将来的な施策拡張まで期待されており、プロジェクト自体の重要度は高い状態でした。
一方で、現場では以下のような状況が起きていました。
- 営業は「受注業務を楽にしたい」
- 物流は「運用が複雑になるのは避けたい」
- マーケ側は「販促施策を柔軟に打ちたい」
- 情報システムは「既存システムとの連携負荷を抑えたい」
- 経営層は「将来性は欲しいが、投資は抑えたい」
それぞれの主張は正しく、どれも重要です。ただし、誰の要望をどの優先度で実現するのか、今回の導入でどこまでやるのか、何を後回しにするのかが整理されていませんでした。
その結果、ベンダーに話を聞くたびに「これも必要」「あれも入れたい」と論点が増え、比較表だけが膨らんでいく状態になっていました。
起きていた問題:要件整理ではなく、要望の積み上げになっていた
この企業で起きていたのは、典型的な“要件整理の失敗”です。
本来、EC導入で先に整理すべきなのは、「何を実現したいか」だけではありません。実際には、以下のような観点を先に揃える必要があります。
- なぜ今ECを見直すのか
- 売上拡大と業務改善のどちらを優先するのか
- 現場運用を変えてでも実現したいことは何か
- 既存システムとの整合をどこまで重視するか
- 初期導入でやることと、将来拡張に回すことをどう分けるか
しかし現実には、こうした整理が行われないまま、各部署の希望を横並びで並べてしまうケースが多くあります。すると、選定の場で議論されるのは「どの会社が優れているか」ではなく、どの会社なら社内の全要望を何とかしてくれそうかになってしまいます。
この状態で選定を進めると、後からほぼ確実に問題が起きます。見積は高騰し、スケジュールは延び、途中で「そもそも今回の進め方でよかったのか」という議論に戻るからです。
実施したこと:経営・現場・システムの3視点で論点を整理した
この案件では、まずベンダー比較を急がず、前段の整理に時間を使いました。特に重視したのは、要望をそのまま集めるのではなく、判断に必要な論点へ変換することです。
1. 経営視点:今回の投資で何を取りにいくかを明確化
最初に確認したのは、「このEC導入で何を成果とするのか」です。
売上を伸ばしたいのか、業務負荷を下げたいのか、顧客体験を改善したいのか。全部大事ではありますが、優先順位が曖昧だと意思決定できません。
この企業では、議論の結果、初期フェーズでは売上拡大よりも、運用負荷を抑えながらEC基盤を整えることを優先すると定義しました。ここが明確になったことで、過剰な要件をかなり整理できました。
2. 現場視点:理想ではなく、回る業務に落とし込む
次に行ったのは、現場の業務整理です。EC導入では、画面や機能の話に寄りがちですが、実際には受注処理、在庫連携、問い合わせ対応、販促更新、商品登録など、日々の運用が回るかどうかの方が重要です。
ここでは、現場が本当に困っている点と、単なる希望を切り分けました。その結果、「あったら便利」な要望の多くは初期導入から外し、代わりに受注処理や商品更新の負荷を減らすことに重点を置く方針に切り替えました。
3. システム視点:既存資産との整合を冷静に見直す
最後に、基幹システムや周辺ツールとの連携方針を整理しました。
多くの企業では、既存システムに合わせすぎるあまり、EC側の制約やコストが大きくなります。一方で、理想だけで新しい仕組みに寄せすぎると、運用現場が耐えられません。
この案件では、連携の必要性を「必須」「できれば」「将来対応」で整理し、初期導入で必要な範囲を絞り込みました。これにより、ベンダーへの依頼内容もかなり明確になりました。
整理後に変わったこと:比較すべきポイントが明確になった
前段整理を行ったことで、ベンダー比較の観点が大きく変わりました。
整理前は、「多機能か」「実績が多いか」「何でもできそうか」といった広い比較になっていましたが、整理後は以下のように具体化されました。
- 初期フェーズで必要な運用を無理なく実現できるか
- 過不足のない連携構成になっているか
- 将来拡張を見据えつつ、初期コストを抑えられるか
- 社内体制で運用継続できる構成か
- プロジェクト推進時の役割分担が現実的か
つまり、「良さそうな会社を探す」状態から、自社に合う進め方を選ぶ状態に変わったわけです。ここが整うと、比較の精度も、意思決定のスピードも一気に上がります。
事業者にとって本当に重要なのは、機能比較の前に判断軸を持つこと
EC導入では、どうしても製品比較やベンダー比較に目が向きがちです。もちろんそれ自体は必要ですが、判断軸が曖昧なまま比較しても、結論は出ません。
むしろ危険なのは、比較した結果として「全部入り」に近い案を選んでしまうことです。一見すると安心感がありますが、実際には費用・期間・運用負荷が膨らみ、プロジェクトが苦しくなるケースが少なくありません。
事業者にとって重要なのは、最初から完璧な構成を目指すことではなく、今の自社にとって優先すべきことを定め、その優先順位に沿って進めることです。
この事例から分かること
今回の事例で改善したのは、システムそのものではありません。最初に立て直したのは、意思決定の土台です。
経営と現場の認識差を埋め、今回やることとやらないことを整理し、判断軸を明確にする。この前段が整ってはじめて、EC導入は現実的なプロジェクトとして進み始めます。
逆に言えば、ここが曖昧なままでは、どれだけ優れた製品やベンダーを比較しても、導入は迷走しやすくなります。
まとめ:EC導入の成否は、選定の前にかなり決まっている
EC導入で失敗する会社は、ベンダー選定で失敗しているように見えて、実際にはその前段でつまずいていることが多くあります。
各部署の要望をどう整理するか。経営として何を優先するか。現場で回る運用に落とせるか。既存システムとの整合をどこまで取るか。こうした論点を整理しないまま進めると、プロジェクトは高確率で遠回りします。
だからこそ、EC導入では比較の前に整理が必要です。選ぶことより先に、選べる状態をつくること。その差が、導入後の成果を大きく左右します。
「何から整理すべきか分からない」「社内の意見がバラバラで進まない」と感じている場合は、まず製品比較ではなく、論点整理から着手することをおすすめします。